The Gift of the Magi
    賢者の贈り物

「ただいま」

うえ、まだ腹苦しい

アイツのフォームを見てやるという口実でテニスを教えて家まで送っていってやったらまちかまえていた顧問に夕食を食べていけと強引に誘われた。
そのままアイツの家で食べきれないほど食べさせられて。
休憩がてらお茶まで飲んでくつろいでいたら、帰宅は遅い時間になってしまった。
門限なんてものはないから親に怒られるなんてことはないけれど、出掛けのオヤジの様子からして、突っ込まれることは間違いない。

メンドくせ

後ろ手に戸を閉める。
出掛けにデートだなんだと騒ぐ親父を振り切って出てきたけど、こんなのをデートというなら言え、という気分だ。

どっかりと玄関に座って靴を脱いだ。

「ほあら~~」

早速足元にカルピンがまとわりつく。
頭や背をすり寄せて、この日曜に遊んでもらえなかった分を取り戻そうとしているようだ。
昨日も練習で遅かったし、今日も構ってやれなかったから、抱き上げて喉の下を撫でてやる。

靴を放り出して、・・・・・おくと母親がうるさいので、揃えて並べておかなければならない。
屈み込んだところで、背後から、嫌な声がした。

「デートはどうだった?青少年?」

振り返らなくてもわかる。オヤジがにやにや笑いを声にまで滲ませている。

「別に」

カルピンを抱きかかえて、いたってクールにそれだけ答える。
オヤジを一瞥すると横をすり抜けようとした。

「ほぅ」

にやにやを通り越して、チェシャ猫のような顔になっている。
そこでハタッと気が付いて、慌てて追加する。

「・・・・デートじゃないし」
「ほほぅ」

もういいや。コイツには何言っても無駄だ。

リョーマは止まってしまった歩みを再度開始しようとしたが、横を通った瞬間に首根っこを掴まれてぐっと締め付けられる。
抱いていたカルピンが、オレの腕からすり抜けて、リビングに走っていった。
・・・・しかし、苦しいっての。

「で、こんな時間まで何してたんだ?」
「ガット張り変えて、その後テニスしただけ」

抵抗しても無駄だから、だらりと力を抜いてやる。
満腹で苦しいし、暴れる気分でもないから、好きにさせてやる。そうすればコイツは面白くねえ、とか何とかいって絡むのをやめるからだ。
面白くねえ、ってオレはオモチャじゃないっつーの。

「その割には遅かったじゃねーかよ」
「ああ、送ってったら夕飯ご馳走になった」

こんなに腹が苦しくなかったらもうちょっと簡単に逃げられるだろう。

「何?!家に上がり込んだのか?」

その拍子に力が入ったのか、ぐっと首が絞まる。
いきなり苦しくなって、無理矢理頭をくぐらせて逃げ出した。

「送ってったら寄ってけって」

カルピンの後を追うようにリビングまで来ると、付けっぱなしのテレビではサッカーをやっていた。
どうやら母さんは風呂にでも入っているらしく、ここにはいない。
しょうがないから自分で茶を淹れることにする。

「でかした!それでこそオレの息子だ!」

追いついたオヤジに、バン!と背中をたたかれ、お茶葉をぶちまけそうになった。

アブネ

ってかなんでそれが嬉しいのか、理解不能だ。
このオヤジの考えていることはオレにはよくわからない。

「で、どうだった?男になった感想は?」
「・・・・は?」

意味はわからなくないけど、トボけてやる。
オヤジはいつのまにか食器棚に首を突っ込んでいた。どうやら自分の分の湯のみを探しているようだ。
おかげで急須を取り落としそうになったのは、バレていないらしい。
さっさと自分の分だけ淹れて、ダイニングの椅子に座ってすすった。

「なんだ、この優しいオトウサマからのプレゼントを有効活用しなかったのか」
「へ?」

今度は本当にわからなくて、素になってしまう。

「ポケットを見てみろ」

濃い目の緑茶でゆっくりくつろぎたいんだけど。

それに何が入っているか(入れられているのか)知りたいって好奇心にも負けて、適当にポケットを探る。
ちくりと何か硬い感触と、それからふにゃりと冷たく柔らかい感触。
取り出して手の中のものを凝視した。

「・・・・・」

叫ばずに済んだのは、さすがリョーマというところか。

出てきたのは、一見お菓子にも見えなくない、いちごのイラストの描かれた、アルミらしき銀色の四角い包み。
ちくりとしたのはこの角の部分で、ふにゃりと柔らかかったのは、言うまでもなく、中身の避妊具。
ご丁寧に「ストロベリーの香りつき」らしい。

「・・・・何考えてんだよ、このバカオヤジ・・・・」

じっと見続けるのもなんだか気恥ずかしくて慌てて元あったところに戻す。

「親心だよ、親心~~~♪」

軽い足取りで向かいの椅子に座ったオヤジを睨みつける。

「なんだ、興味ないのか?青少年」

ないっつーかあるっつーか・・・・。

「女じゃあるまいし、早く捨てた方がいいだろーが」

ドーテーなんざ

とオヤジが言って茶をすする。
テレビからは、ホームチームが得点したらしく大きな歓声が聞こえている。

無反応なオレをちらっと見て、不意にマジメな顔になった。
哲学者のように真面目くさった言い方で、でも真剣に言う。

「人生、楽しみは多いほうがいい」

まあ、そりゃそうでしょう。

「テニス以外だって楽しいことはあるんだからな」

・・・・まあ、そりゃオレだってその方がいいよ。
テニスも楽しいけどね。

ずずずっとオヤジが緑茶をすすった。
偉そうに、と思わなくはないけど、まあいいや。

「ああいう子はな、男の方からリードしてやんなきゃダメなんだよ」

そうかもね。
大体アイツは自覚がなさ過ぎる。
ちょっとはオレの方からソッチ方面に持ってかなきゃムリかもね。

「今日みたいに泣かしてちゃ、まだまだだろうけどな」
「・・・・・」

別に泣かせようと思ったわけじゃない。

「あんな会話じゃ退屈しちまうだろうがよ」
「・・・・・」

ウルセエな。
退屈してたかどうかなんて、アイツ本人に聞いてみなきゃ分かんないだろ。

・・・って

そこでオレはようやく気が付いた。

テレビの中では審判がレッドカードを出している。

ああいう子?
今日みたいに?
退屈してた?

「親父・・・・・見てたろ」

ぴたりとオヤジの動きが止まる。・・・・・図星だな。図星だろ。

「それも親心だ」

またしても真面目くさった顔で言われる。
どうせオヤジのことだから、オレを尾けてたのに違いないんだ。
コイツがそういうことにやたらめったら情熱を燃やすのを忘れていたオレも迂闊だったよ。

これ以上付き合ってられない。

リョーマは湯のみを持ったまま、もう何も言わず部屋にあがっていった。
階段を上がる途中、風呂に入れと母親の声が聞こえたけれど、返事をする気にもならない。

部屋に入って湯のみを机に置く。
だるくなって、ベッドに寝転んだ。

ポケットの中で、ソレがカサリと音を立てる。
引っ張り出して、目の前にかざしてみた。

これを、アイツ相手に使う日はくるんだろうか。
せっかく二人きりで出かけたってのに退屈させて泣かせるようなオレが。

出来るんだろうか。

・・・・どっとはらい。

ps どっとはらい(Dottoharai) means "end".